秋篠宮殿下

秋篠宮殿下「プレハブで十分」見解が、天皇の「正統性」に打撃 専門家「大嘗宮は茅葺と定められている」とも(宮本タケロウ)

文/宮本タケロウ

悠久の歴史を誇る大嘗宮の儀

11月14日、15日に大嘗祭の主要行事、「大嘗宮の儀」が行われる。

この大嘗祭の舞台となる「大嘗宮」が現在皇居の東御苑で建立中だ。この大嘗宮の屋根は平成までは伝統的な茅葺であつらえられていたが、現在は板葺きで作成されている。

宮内庁の説明では、板葺き屋根へ変更した要因として、

  • 茅(かや)資材の慢性的不足
  • 価格の高騰
  • 職人の高齢化と人数不足

以上、3点があげられている。だがもちろんこれは建前で、実際には、秋篠宮殿下の「大嘗祭を、身の丈にあった儀式に」発言がその背景にあることは誰も疑わないだろう。このために、大嘗祭施設の一部はプレハブ小屋になってしまった。

(建立中の大嘗宮、筆者撮影)

伝統破壊への懸念

「極力つつましく」との皇室の御考えに感動する国民も多いが、数十年に1回しかない皇室で最も大切な宮中祭祀である大嘗祭の伝統的・最重要な建物の屋根の変更に反発する国民も多く、政府の中でも、板葺き屋根の大嘗宮については「伝統に反する」として反対する議員連盟が結成されている。

「費用が足りない」のであれば、ある程度伝統を変えることも必要かとは思うが、不可解なことがある。

それは、今年の初めに、大嘗宮の造営に関して、予定していた15億4220万円を遥かに下回る9億5700万円で落札されたことが明らかになったことだ。なんと、大嘗宮の屋根の葺き方に関係なく、経費が6億円近くも削減される事になったのである。

普通に考えれば、浮いた6億円で茅葺で建立できるのではないかと思うが、困ったことに、なぜか茅葺ではなく、板葺きのまま建造されているのだ。

大嘗宮は茅葺と定められていた!

神道学者の高森明勅氏は、この問題を「儀式の本義にも関わる重要な点」として、こう警鐘を鳴らす。

大嘗宮の具体的な設営について、最も古い史料は貞観の『儀式』(873年から877年まで頃に成立か)。 大嘗宮は原始さながらの素朴な建物で、その屋根は「葺くに青草を以ちてせよ」 とあった。(中略)

江戸時代に再興された大嘗祭ではどうなっていたか。『壬生家記』に収める貞享4年(1687年)の東山天皇大嘗祭の記録を見ると「屋根)は萱ブキなり」とある。 又、桜町天皇の元文3年(1738年)の大嘗祭の伝聞に基づくとされる『大嘗会儀式具釈』(荷田在満の著作)にも「屋根ハすべて萱葺」とある。

(高森氏ブログ)

つまり、大嘗祭は茅葺屋根の大嘗宮で行うというと定められており、実態としても茅葺きで行ってきたのが伝統であったということだ。

天皇の正統性にも疑義が…

宮中祭祀に詳しい人物は「伝統に則らない様式の宮で執行する大嘗祭は、天皇の正統性にも問題が生じる」としてこう言う。

「折口信夫の『大嘗祭の本義』にはこうあります。「恐れ多いことであるが、昔は天子様の御身体は魂の入れ物である、と考えられていた。天子様のお体のことを、「すめらまのみこと」と申し上げていた。「みま」は本来、肉体を申し上げる名称で、御身体ということである。「すめ」は、神聖を表す語で、神聖という意味である。この「すめみまのみこと」に「天皇霊」が這入って、そこで、天子様はえらいお方となられるのである。『天皇霊』とは、天子様としての威力の根本の魂ということで、この魂を附けると、天子様としての威力が生ずる」つまり、天皇は「入れ物」という考えです。」

天皇の一子相伝で行われる大嘗祭の意義は、本来門外不出であり、皇族といえども内実を知ることはないが、宗教学者の折口信夫は「天皇霊説」として歴代天皇の霊魂を受け継ぐ儀式と捉えた。

宗教的な型に反する板葺き屋根

宮中祭祀に詳しい人物はこう続ける。

「ここで重要なのは、宗教行事には正しい「型(かた)」があるということです。神道でも仏教でもキリスト教でも、単に気持ちがこもっていればよいという問題ではなく、正式な「儀式のやり方」がありますね?特に日本は形を重んじる文化ですから、型(かた)が不正確だと「霊に不誠実」というふうになってしまいます。」

大嘗宮が板葺きだということと、宗教的な「型(かた)」はどういう関係があるのだろうか?

「大嘗宮は、9世紀に宮中祭祀の作法を記した『儀式』に「茅葺で建立」と定められていますね。「皇統は男系男子で継承する」というのはただの不文律ですが、「大嘗宮が茅葺で建立する」というのはきちんと儀式のルールとして記述されているものです。古代に定められた祭祀の基本ルール・原理ですから、それを守らないというのは、「型(かた)」に反しているということになります。」

では、型に反する大嘗宮で儀式を行ったらどうなるのだろう。「あくまで宗教的な価値観」とは言いつつも、宮中祭祀に詳しい人物によれば最悪の場合、天皇霊が降りてこない事態になるらしい。

天皇霊が降りてこないと正統な天皇になれない?

天皇霊が降りてこなければ正統な天皇にはなれないのか?

宮中祭祀に詳しい人物は最後にこう語る。

「ま、折口の「天皇霊説」は一つの説に過ぎないですから、正統な天皇ではないというのは言い過ぎです。しかし、伝統を守るにはそれ相当のコストが掛かるのは仕方ありません。コスト意識だけで皇室の存在をとらえてしまうと、反天皇制に繋がります。伝統はしっかり守らなければ、伝統の意味がありませんね」

高層ビルに囲まれた皇居の杜は、現代文明が発達した令和の世界にあってもなお、2000年以上の悠久の歴史を伝える国民の聖域だ。

(皇居から丸の内を眺める、筆者撮影)

コスト意識だけを価値観の中心に据えれば、皇居の面積を削減し、貸ビルや高級マンションでも建ててしまえばよいという暴論につながるだろう。

現代に求められているのは、伝統を守らなければ皇室の存在意義をも危うくするという国民の危機意識かもしれない。

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