皇室

【緊急提言】秋篠宮家を「追放」して、旧宮家の「復帰」を!(ニコラ・ライト)

文/二コラ・ライト

愛子天皇と旧宮家復帰

来月から本格化する皇位継承の議論。愛子様を天皇に擁立するのか、それとも男系を維持し、旧宮家の皇籍復帰を図るのかという論争が政権内で高まっています。

与党自民党の総裁、安倍総理は押しも押されぬ男系派にして旧宮家復帰論者ですが、最近は日和って「女性宮家でもいいか…」などと側近に漏らしているようですが、安倍政権を支える日本会議や神社界などが総じて「男系を守れ」と主張していることから、どう転ぶか分からない政治情勢が続いています。

東久邇宮家について国民は何も知らない

さて、そんな中、にわかに注目の集まっている旧宮家があることは当サイトでも何回かお伝えしてきたと思います。それは、明治天皇皇女が久邇宮稔彦王に嫁入りし、20世紀初頭に創設された東久邇宮家です。

昭和天皇の皇女が嫁いだ家柄でもあり、女系では現皇室とかなり近く、男性の子孫も多くいることから、「復帰するなら東久邇宮家(の子孫)では?!」と取りざたされています。

しかしながら、一般に東久邇宮といってもピンとこない国民が多くいますので、今回は東久邇宮家について、第二代当主盛厚王に嫁いだ成子内親王(天皇陛下の叔母)について述べたいと思います。

悲劇の皇女、東久邇宮成子内親王

昭和天皇の長女、成子内親王は、1943年、東久邇宮二代の盛厚王と婚姻されましたが、1947年に皇籍離脱をし、戦後の荒波に翻弄され、35歳で亡くなった悲劇の皇女と言われます。わずか35っ歳で長女を亡くした天皇・皇后両陛下の落胆と悲しみは酷かったと聞きます。

成子内親王は皇籍離脱後、終戦後のきびしい社会情勢の中、身分も経済的特権も失い、厳しい家計を内職したり、元皇女と顔を知られていない遠方まで物資を調達しにいったりの大変な暮らしを経験しました。

成子内親王モデルは現天皇陛下ご一家に受け継がれた

1959年に上皇陛下と美智子さまの婚約が決まった時、「平民とはけしからん!」と守旧勢力から猛烈に反対されている状況だった時に、美智子さまをかばったのも成子内親王だったと伝えられます。

1959年(昭和34年)4月、実弟である皇太子明仁親王と正田美智子の結婚に際しては、二人を祝福するとともに「新しい仕事」を応援するメッセージを新聞に寄稿している。

成子自身も、同年6月3日に昭和天皇、香淳皇后、皇太子夫妻をはじめ両親と弟妹らを自宅へ招待してホームパーティーを開き、「家庭的な皇室のあり方」を実践して見せた。

東久邇成子(Wikipedia)より

現在の皇室のモデルともいうべき「家庭的な皇室の在り方」を始めて実践してみせたのが、成子内親王でした。

その「家庭的な皇室モデル」は上皇・美智子さまご夫妻に受け継がれ、そして、現在の天皇皇后両陛下と愛子さまのお姿にて完全に結実されているのは国民の皆さまのご存知の通りです。

まるで昭和時代の愛子さま?成子内親王のご自覚

天皇が現人神であった戦時下で育った成子内親王ですが、皇族としてのノーブレスオブリージュ、国民と共に苦楽を共にする覚悟をしっかりとお持ちの方でした。17歳の時に、炭鉱を視察した際、下記のような日記を記したと記録に残っています。

私はどういうめぐり合わせか高貴な家に生まれた。私は絶えず世間の注視の中にある。
いつどこにおいても私は優れていなければならない。
私は皇室を背負っている。私の言動は直ちに皇室にひびいてくる。
どうして安閑としていられよう。高い木には風が当り易い。
それなのに高きにありながら、多くの弱点を持つ自分を見るとき、この地位にある資格があるかどうか恐ろしくなる。(中略)
この炭鉱の奥深くで、来る日も来る日も働き続け世間から忘れ去られ、そして人知れず死に行く運命をもった人々の前に立った時、護衛の警官やおおぜいのお伴をひきつれている自分の姿に、いたたまれぬ申し訳なさを感じた。

酒井美意子『元華族たちの戦後史』

わずか17歳で、このような凛とした皇族としてのお覚悟をお持ちだったのが成子内親王でした。

愛子様と共通する皇族としての自覚

この文章を読んで、恐れながら、両陛下の長女、愛子内親王殿下のお姿を想像せずにいられないのは、私だけでしょうか?

偶然ですが、この日記を記した成子内親王も現在の愛子さまも同じ17歳です。

父親が国民の敬愛を一心に受ける天皇であるにも関わらず、自分を律する気概と皇族としての責務を忘れない姿、また「弱点を持つ自分」と自身の弱さをも率直に認められる誠実さ。

「私は皇室を背負っている。私の言動は直ちに皇室にひびいてくる」

「多くの弱点を持つ自分を見るとき、この地位にある資格があるかどうか恐ろしくなる」

「おおぜいのお伴をひきつれている自分の姿に、いたたまれぬ申し訳なさを感じた」

…「いたたまれぬ申し訳なさ」と、自らを律しながら国民に寄り添う姿勢を貫く天皇皇后両陛下と愛子さまのお姿を想像せずにはいられません。

今の皇室は…

かつての皇族女性はこのようなお覚悟を持って振舞っておられましたが、今の皇室はいかがでしょうか?

公務をすればお金が支払われ、海外旅行と思しき公務も多く、また大切な宮中祭祀よりも豪華な自宅の改築を優先する、等々、国民と苦楽を共にした昭和時代の皇室はどこへ行ったのでしょうか?

名実ともにまさしく「昭和時代の愛子さま」であった成子内親王は、残念ながら皇室を離れ、民間人として戦後の苦難の中、35歳で亡くなりましたが、幸いなことに、5人のお子様に恵まれました。そして今、まさに皇籍復帰の期待がかかっているのが、昭和天皇直系、成子内親王直系の、旧東久邇宮家です。

秋篠宮家の臣籍降下と東久邇宮家の皇籍復帰を!

いかがでしょう? いっそのこと、皇族としての自覚のない宮家には、臣籍降下していただき、その代わり、戦後の苦難とともに、一民草として国民とともに歩まれた旧宮家に復帰していただくことは、間違っているでしょうか?

民間人として苦労された東久邇家は、現在の宮家よりも、よっぽど皇族に相応しい分別をわきまえていらっしゃると言えないでしょうか?

先月発売の週刊新潮によると旧宮家復帰に賛成の安倍政権も、「復帰した世代には皇位継承権は認めない方針」ということが明らかになっています。

秋篠宮家に代わり、国民と相思相愛の両陛下とその直系長女の愛子さまを復帰した旧宮家が支える体制が令和の日本に必要な体制ではないでしょうか。


POSTED COMMENT

  1. キラキラ より:

    追放上等です。
    愛子様進路も好き勝手な一家のために制限かけられて内部進学可哀想ですよ。
    やっぱ希望通りの大学進学して欲しかったし、愛子様お望みならハーバード大学でもオックスフォード大学でも進学して欲しかったですよね?

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