雅子さま

雅子さま、15年ぶり「ご会釈」復帰! 美智子さまは「ようやくですか」と冷ややか

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文/新藤幸人

勤労奉仕団への会釈

1月10日、天皇、皇后両陛下は赤坂御所にて勤労奉仕団へご会釈された。雅子さまのおでましはおよそ15年ぶりとなる。

「皇太子妃時代『雅子さまはなぜ勤労奉仕団への会釈もできないのか』との批判の声がネットを中心にあがることもありました。雅子さまは平成15年の秋頃からご体調を崩され、10月頃を最後に、このご会釈に参加される事がなくなりました」(皇室記者)

皇室に入られてから、雅子さまは陛下とともに、毎週この会釈を欠かされることがなかった。奉仕の方々と触れ合い感謝の意を伝えられる場を、大変楽しみにされていたと聞く。

しかし同年12月頃、雅子さまは本格的な療養生活に入られ、以後この会釈にはご参加されることが許されなかった。

“人格否定発言”の衝撃

雅子さまのお出ましが無くなった翌年5月には、皇太子殿下(現天皇陛下)が欧州歴訪前の会見の場で、いわゆる“人格否定発言”をなさることになる。陛下は会見の場で、記者団から『妃殿下の同行がかなわなかった経緯』を聞かれ『体調の回復が十分ではない』と言った趣旨のご回答をされ、続いて皇室内で雅子さまを貶めるような動きがあったことに肉薄されたのだ。

雅子には各国からのご招待に対し,深く感謝し,体調の回復に努めてきたにもかかわらず,結局,ご招待をお受けすることができなかったことを心底残念に思っています。殊に雅子には,外交官としての仕事を断念して皇室に入り,国際親善を皇族として,大変な,重要な役目と思いながらも,外国訪問をなかなか許されなかったことに大変苦悩しておりました。今回は,体調が十分ではなく,皇太子妃としてご結婚式に出席できる貴重な機会を失ってしまうことを,本人も大変残念がっております。私も本当に残念で,出発に当たって,後ろ髪を引かれる思いです。

雅子にはこの10年,自分を一生懸命,皇室の環境に適応させようと思いつつ努力してきましたが,私が見るところ,そのことで疲れ切ってしまっているように見えます。それまでの雅子のキャリアや,そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です。

陛下ほど聡明で思慮深いお方が、会見の場でここまで痛烈に「批判」そして「SOS」を出されたことは、日本に大きな衝撃を与えることになった。

「陛下は“人格否定”の具体的な内容については控えたいとされましたが、明確な対象がいることも示唆されました。皇室内で、雅子さまをここまで長い療養生活に追い込むほどの動きがあったことは、紛れもない事実でしょう」(皇室ジャーナリスト)

雅子さまの復帰に「ようやくですか」と一言

雅子さまが長らく多くの公務をお休みすることになった経緯について「陛下が雅子さまを皇室内の“悪意”から守るため」とも言われている。また他方では、「雅子さまにご活躍の場を広げられては困る人がいたのではないか」とも指摘されている。

「真相は闇の中、といったところでしょう。ですが様々な情報を統合すると『お世継ぎ問題にかこつけて雅子さまを幽閉し、公然と批判してもいい対象』にまで吊るし上げるような動きがあったのだと思います。どれほどのお苦しみを乗り越えられての今なのか、考えただけで胸が締め付けられる思いです。

おそらく、即位されたことで雅子さまに対する“圧力”が弱まったため、本来の輝きを取り戻されているのでしょう。今後もご体調を鑑みながら、両陛下の歩調で、国民と触れ合う機会を持たれていくに違いありません」(同前・皇室ジャーナリスト)

さて、美智子さまは雅子さまの「会釈復帰」の報に対し「ようやくですか」と一言だけ仰ったそうだ。

「ご活躍の舞台を広げられる雅子さまを、美智子さまは複雑な思いで眺めていらっしゃるようです。美智子さまにとっても、皇后陛下のご快復は喜ばしいことのはずですが…」(皇室関係者)

勤労奉仕団は、終戦後の皇室に於いてできた「伝統」だ。陛下と雅子さまも、これらを踏襲しながら、令和らしい皇室の伝統を築き上げられることだろう。


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