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天皇陛下「愛子は旧宮家と結婚させます」 女系天皇派の詭弁を暴く!(宮本タケロウ)

愛子天皇待望論

  宮本タケロウ Twitter

 新天皇が即位されて早4カ月、天皇皇后両陛下の一人子が女性の愛子内親王殿下であるという現実から、愛子天皇を待望する方々の声が多いのはサイト読者の皆様の周知の事実であると思います。

 しかしながら、女性天皇の配偶者が皇統に無関係の男性配偶者だった場合、その子供をどのように扱えばいいかについては懸念が多く、有史以来一貫して非男系の天皇が存在しないことから、政権与党である自民党をはじめとして「愛子様が天皇に即位すること」自体に批判的な声が多いこともこれまた事実です。

 こうした「皇統は男系に限る」というテーゼに対して、女系容認派・愛子天皇派からは、明治時代に定められた皇室典範の草案で「女性天皇」と「女系天皇」がともに認められていたことがよく引用され、「愛子様が天皇に即位して、その子供が皇族となることも問題ない」と、よく聞かれます。

参考記事:女性・女系天皇は「もともと」認められていた

もともと女性・女系天皇は認められていた!?

 女系容認派がよく引用するのが、1886年に宮内省が作成した「宮内省立案第一稿皇室制規」に書かれる、以下の女系天皇を認める記述です。(原文を平仮名に修正、句読点挿入)

第一 皇位は男系を以て継承するものとす。もし、皇族中男系絶ゆるときは、皇族中女系を以て継承す。

「宮内省立案第一稿皇室制規」 (明治19年)

 いかがでしょう?法案の第一条で女系を容認しています。明治時代では「男系男子による万世一系」は死守すべき命題ではなかったことがわかります。

 男系が絶えれば女系も容認することが法律の草案では認められていました。

皇室典範制定のわずか3年前まで女系容認

 旧皇室典範の制定が1889年で、上記の「皇室制規」の作成が1886年ですから、典範制定のたった3年前までは女系が容認されていた(男系絶えたら)ことは、確かに興味深いですね。

 この条文を基に、女系容認派は「もともと女系は認められていたのだ」や「男系に限るようにしたのは男尊女卑、明治時代の女性差別の因習が理由だ」として、「愛子様が天皇になり、その子供が皇統を継いでも問題ない」と主張します。

肝心の女帝の配偶者は・・・?

 しかし、果たして本当にそうでしょうか?

 女系天皇を認めた「宮内省立案第一稿皇室制規」を読み進めていくと、女系派があえて無視しているのか、知らないだけのか分かりませんが、決して読もうとしない一節にぶち当たります。

第十三条 女帝の夫は皇胤にして臣籍に入りたる者の内、皇統に近き者を迎ふべし

「宮内省立案第一稿皇室制規」 (明治19年)

 いかがでしょう? お分かりですね? 女帝が即位して、女系容認となったとしても、その夫は、皇籍を離れた元皇族(旧宮家)の男性に限ると定めた条項です。

女系容認派の詭弁

 以上のことを踏まえれば、「旧典範の草案では女系が容認されていた」のは事実ですが、それを基に愛子さまの天皇即位を主張する女性・女系天皇容認派の姿勢には無理があります。

 なぜなら 「旧典範の草案では女系が容認されていた」 と主張するのであれば、同時に「旧典範の草案では女帝の配偶者は旧皇族と決められていた」と主張しなければフェアではないからです。

 女系容認派がこの「女帝の夫を旧皇族に限る」という条項の存在を知らないのか、あえて無視しているのか分かりませんが、知っていてあえて無視しているのだとしたら、事例の中から自らの論証に有利な事例のみを並べ立てる「チェリーピッキング(つまみぐい)」という詭弁に他なりません。

愛子さまの結婚相手に相応しいのは誰か…? 答えは分かりますよね…?

 旧典範の制定過程で、女系容認が議論されたのは事実ですが、だからと言って、皇室に全く無関係の一般男性と女性天皇の間の子供までに皇位継承権を認めたわけではありませんでした。

 愛子様の天皇即位を願う女性・女系容認派は、この意味をしっかりと認識するべきです。

 そうすれば、女性・女系天皇容認の最大の懸念事項「愛子天皇の配偶者をどう選ぶか」に、おのずと答えが出てくるのではないでしょうか。


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