皇室

愛子天皇vs.旧宮家 結局、東久邇宮が始めた「ひがしくに教」って何だったの?

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文/二コラ・ライト

いよいよ来週が即位の礼

いよいよ来週に即位礼正殿の儀が迫ってきました。パレードは延期になるとのことですが、折角東京にホテルを予約して、パレードを見に行こうと思っていた私としては少々残念ですが、台風の甚大な被害を考えますと致し方ありません。

今回のパレード延期も陛下が国民に寄り添う姿勢の表れでしょう。

女性天皇と旧宮家

さて、一部メディアなどでは、11月から行われる皇室典範改正の議論に関して、Ⓐ「女性天皇」を容認するか、Ⓑ「旧宮家復帰」を進めるかの「二者択一」であるかのような表現が用いられています。

安倍政権が、民意を受けて「女性天皇」を認めるか、保守派の立場を重んじて「旧宮家復帰」を進めるか、だというかたちです。

常識的に考えれば、国民の8割が支持する「女性天皇」が実現するのが民主主義の国アメリカ出身の私としては当然だと思うのですが、安倍首相は保守派からの支持を得ているため、「旧宮家復帰」が進められるのではないかと囁かれています。

ヨーロッパ基準では東久邇家は今でも皇族

では、もし仮に旧宮家が皇籍復帰するのであれば、具体的にどの旧宮家が復帰するのか? 

私が何度も本サイトで取り上げているように、その候補は「東久邇宮家」でだと言われています。保守論客や一部週刊誌などでは、この東久邇宮家は、上皇陛下のお姉さまや大正天皇のお姉さまが嫁いだ家柄でもあり、皇籍復帰して未来の皇室を支えていって欲しいとい伝えられています。東久邇家は女系では今の皇室に近いので。

確かに、ヨーロッパ基準で考えると、女系が容認されていて、しかも王族の身分を離れても王位継承権は残るので、「王室のメンバーが少なくなったから」という理由で国王の近い親族が王室の活動を担うというのはまったくヘンではありません。

一条あやか「ありえない」

しかし、この件を一条あやか氏に聞くと、「旧宮家復帰はあり得ない」と断言し、政府関係者からの話として次のように理由を語りました。

「東久邇宮家は最も問題の多い旧宮家の一つです。また禅宗系の“ひがしくに教”という新興宗教を作ろうとした過去もあります。とてもではありませんが、皇籍復帰など不可能ですよ」

秋篠宮家はどうなのだ?

一条あやか氏ら、旧宮家反対派は「俗世間に染まって70年たつ今、叩かれて埃の出ない立派な旧宮家など存在しない」と言います。

確かにその通りでしょう。「しかし、それなら」と、私はあえてこう言い返しました。

では、俗世間に染まっていないはずの秋篠宮家はどうなのですか?

秋篠宮家は生まれながらに皇族ですが、私利私欲にまみれていませんか?

と。すると一条あやか氏は「うーん」と考え込んでしまいました。

要するに、旧宮家復帰反対派は「秋篠宮家は俗にまみれてはいるが、生まれながらに皇族なので既得権益として皇室にいても良い」と深層心理では考えているのではないかと思います。

不誠実ですね。皇室を離れた人の中に立派な人がいるならその方が皇室に戻ってなにがいけなんでしょう。

結局「ひがしくに教」ってなに?

今回、一条あやか氏の言う「ひがしくに教」について調べてみました。一説には税金対策かなにかで宗教を作ったのではないかと言われていますが、ハッキリ言ってデマです。憶測で悪意のあるウソを言うのはよくありません。

東久邇稔彦著の『やんちゃ孤独』(1955年)にはこうあります。

・・・その兵隊たちは、何日もご飯が食べられなかったそうです。私はこの時の実感によって、世界から戦争を絶対に無くさなくてはならぬ、これがためには「世界平和」ということを深く考えました。そこで終戦後、私はキリスト教も、仏教も、神道も、その宗派を超越して世界から戦争を亡くすために「平和教」というものを作って、各宗派ごとに平和の伝道をしたらよいと考えました。

東久邇稔彦『やんちゃ孤独』

終戦時首相であった東久邇宮稔彦王は平和を懇願し、宗教間対話の形で平和を立ち上げようと模索していたのです。

実はGHQに強制されて「ひがしくに教」をやらされた!

キリスト教界の重鎮、賀川豊彦らとともに世界連邦の運動に参加していたこともあり、当初は多宗教の連携機関としての宗教団体を念頭にしていたため、当初は名前を「平和教」としようとしていました。しかし、結局「ひがしくに教」という名前になりました。その理由はこうです。

連合軍総司令部(GHQ)の宗教課の人が来て、「平和教ではいけない、東久邇教にしなさい」と言った。私はそれは売名的であると反対したのですが、かまわないではないか、ぜひそうしなさいと言うので、私もそうした。

同上

東久邇稔彦自身は「ひがしくに教」に反対していたことがよくわかります。

が、結局、とある禅の僧侶にかつがれて、禅宗の「ひがしくに教」を立ち上げますが、「東久邇教にせよ」と言ったはずのGHQや法務府(法務省)は、公職追放中であることや「東久邇」の名前を団体に使っていることを理由に不認可し、「ひがしくに教」は消滅しました。

騙された自分を責める東久邇稔彦

禅の僧侶にうまく利用され、恥をかかされた形になりますが、以下の通り、東久邇稔彦は自分を責めます。

一部の人に、私が不用意で利用されたのはいけなかったが、私は晩年を、この世界平和運動にささげたいと念願しています。

同上

他人を責めず、騙された自分を責める。人格者ですね。その後、東久邇稔彦はまだまだ波瀾の余生を過ごしていくことになります。

いかがでしょう?東久邇稔彦が言う「世界平和の願い」とは、現在の天皇皇后両陛下の思いとも重なります。

確かに「ひがしくに教」は皇族が新宗教を作るというセンシティブな問題ですので、不適切であったと思います。しかし、その理念や動機、その背景もしっかり知ってから「ひがしくに教」を見れば、決して批判すべきものではないことが分かると思います。

そしてその東久邇稔彦の子孫は天皇陛下の従兄弟にあたります。

この秋から始まる皇室典範改正の議論は、一体どのような答えを出すのでしょうか? 政府には賢明な判断を期待したいと思います。


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