美智子さま

美智子さま、そのまま皇居を「ご占拠」なさいませ!(宮本タケロウ)

文/宮本タケロウ

天皇陛下のお引越し

昨年10月、上皇ご夫妻が仮住まい先の高輪皇族邸へ引っ越される時期について、2020年の正月行事終了後から3月末までの間で調整を進めていることが宮内庁から発表された。

上皇ご夫妻が高輪に引っ越した後、現在上皇ご夫妻がお住まいの仙洞御所(いわゆる『皇居』)は改修され、天皇皇后両陛下がお住まいになる新たな御所となり、天皇ご一家が赤坂御所(前の東宮御所)から引っ越しされる。

天皇陛下御一家が赤坂から皇居・御所に引っ越しされた後、上皇ご夫妻が高輪から赤坂御用地に引っ越されるという流れだ。

(最終的な仙洞御所と御所の位置)

遅い引っ越しに「早く引っ越せ」と怒る国民…

これについて、主に以下のように言われることがある。

  • 「ミテコはまだ女帝のつもりか」
  • 「皇居を明け渡さないのになにが『譲位』だ!」
  • 「皿BBA どーでもいーから早く引っ越せ!」
  • 「二重権威ヤメロ」

本サイトのコメント欄にもこのような辛らつなコメントがあった。

「オババ」や「半ボケしている年寄り」など…天皇陛下のご両親に向かって、というよりも、一般人に対してであれば間違いなく名誉棄損となる酷い誹謗中傷である。

確かに、早く引っ越した方が良いことは事実だろうが、ここまで辛らつな暴言がためらいもなく出てしまう状況には呆れてしまう。

このような暴言を早く収束するためにも、早く上皇ご夫妻には高輪へ移っていただき、天皇陛下におかれては、一日でも早く皇居にお住まいになっていただきたい限りだ。

上皇ご夫妻は引っ越さなくていい?

さて、このように国民の関心事である両陛下のお引越し問題であるが、ここにきて意外な声が上がってきた。

声の主は宮内庁関係者のU氏、U氏が言うには、なんと「上皇ご夫妻は引っ越さなくてよい」というのである。

「上皇陛下は引っ越しをする必要はありません。というのも、天皇が住むところを『御所』と言うのですから。よく一部から『皇居を上皇夫妻が占拠している』と言われますが、私に言わせればバカバカしい。天皇が住むところが皇居であるので、『占拠』も『明け渡し』も本質を知らない戯言の類です」(宮内庁関係者)

宮内庁関係者はこう続ける。

「例えば昭和天皇がお隠れになった(亡くなった)後、昭和天皇ご夫妻がお住まいだった吹上御所はどうなったか?そこに平成の天皇ご夫妻が引っ越したわけじゃないでしょう?

昭和天皇が住んでいた吹上御所はそのまま『吹上大宮御所』になって、香淳皇后が住み続けた。で、平成の両陛下はそのそばに新しい御所を建てたじゃないですか?『引退したら引っ越す』だなんてルールは昭和・平成の先例にもありませんよ」(同上)

確かに…今のケースで言うと、上皇ご夫妻はそのまま御所に住み続けて、天皇皇后両陛下が別に建物を建てれば良いだけなのかもしれない。

引っ越す理由は「使いやすいから」だけ…

「実をいうと、これはまだ「部内秘」扱いの情報ですが、上皇陛下が退位して、天皇陛下が『御所』に引っ越すとなった理由は、単純に平成の御所が仕事スペースと私用スペースがコンパクトにまとまっていて、使い勝手がいいからに過ぎません。

なので、『使いやすいから新天皇が住む』というだけなので、引っ越す義務はあっても、引っ越す義理はないんです」(同上)

どうやら、「平成時代に建てられた『御所』が天皇の住まいである」というのは我々の思い込みのようである。

昔は広島が皇居だった

歴史を紐解けば、明治時代の日清戦争時は明治天皇は大本営のあった広島城・本丸に居を移した。

(広島に移る明治天皇)

1894年の9月から1894年の4月まで、広島城は明治天皇の居城であり、宮内大臣や侍従職も務めた。1894年10月に招集された第7回帝国議会は広島の議事堂で開会されたという。

そして、当時はなんと三種の神器すらも東京から移して広島城に置いたのである。

江戸時代は京都が皇居、日清戦争の時は広島が皇居、平成時代は千代田が皇居、そして今は赤坂が皇居…これでいいのかもしれない。

「『早く引っ越せ!』と騒ぐ一部の国民にはもう少し広い視野で物事を考えてほしいものですね」(同上)

宮内庁関係者の言う通り、「早く引っ越せ!」と口悪く罵倒する一部の国民には、もっと広い視野を持ってもらいたいものだ。


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