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天皇ご一家「大相撲観戦」が「ご公務」ではない深いワケ(宮本タケロウ)

文/宮本タケロウ

天皇陛下ご一家の大相撲観戦

1月25日、両国の国技館で、天皇・皇后両陛下と敬宮さまが大相撲初場所を観戦した。

ご一家は、結びの一番まで観戦し、互いに言葉を交わしながら楽しんでいた。時折、貴賓席から身を乗り出すような仕草も見られ、天皇陛下は皇后陛下、敬宮さままと共に力士らに盛んに拍手を送ったとのこと。

天皇陛下は「いい相撲が多かったですね」と日本相撲協会の八角理事長に感想を述べ、休場している2横綱にも「休場して残念ですね。おけがは大丈夫ですか」と気遣った。

敬宮さまは、幼少期に「○○(力士の名前)に、星がついたよ、うれしいな」や朝青龍の本名「ドルゴルスレン・ダグワ・ドルジ」を諳んじていた相撲マニアだったことはつとに知られる。

幼少期の敬宮さま

今回も「土俵の高さは何センチですか?」とマニアックな質問で場を和ませたそうだ。

[adasense]

「天覧相撲」は公務?それとも私的行為?

報道では天覧相撲を「公務」とも「私的お出まし」とも言っていなかったが、サイト読者の皆さまは天覧相撲が「公務」か「私的行為」かをご存じだろうか。

「国技である相撲」の文化振興という面を考えれば、国体や植樹式への出席と同様に、費用が宮廷費から出費される「公務」とも考えられるだろう…

が、正解は「大相撲観戦は私的行為」である。今回の大相撲観戦の費用は天皇陛下の内廷費から出費されている。

「私的行為としての大相撲観戦」は、相撲好きだった昭和天皇が相撲観戦を趣味とされたことに直接は起因する。が、今回は「大相撲観戦が私的行為」であるワケを、もう少し深く考察してみたい。

相撲観戦は宮中の行事

天皇陛下ご一家の微笑ましい姿を拝察できた天覧相撲だが、時をさかのぼれば実は1000年以上前は「相撲節会」と呼ばれる宮中行事があったことはあまり知られていない。

皇室と相撲の繋がりは古く、紀元前の垂仁天皇の頃に野見宿祢が相撲を取ったという伝説があるが、記録の限りでは、奈良時代の734年に聖武天皇の時代に史上初めて天覧相撲が行われたとされ、以後、毎年7月に「相撲節会」として行われる皇室の年中行事となった。

奈良時代以後も数百年続いた宮中での天覧相撲だが、平安時代末期の1174年を最後に「相撲節会」は行われなくなったが、開催には相撲司(すもうつかさ)という部署が朝廷に組織されたという。

つまり、「天覧相撲」は今でいえば「歌会始の儀」や「講書始の儀」などの、宮中の一大行事であったのだ。

(「相撲節会」復元図、2020年1月15日国際フォーラム)

天覧相撲が「公務」ではない深いワケ

こうした歴史を踏まえると、「相撲節会/天覧相撲」が宮中の儀式であったのなら、私的行為ではなく、公務として扱ってもよさそうなのだが、ところがそうはいかない。

大相撲観戦が「私的行為」であるのは、なぜなら、相撲は神事だからである。

神事相撲は、聖武天皇の時代、725年に諸国が凶作に見舞われ、天皇は伊勢神宮をはじめ21社に神明加護の祈願を行い、翌年に豊作になったため、各神社において相撲を奉納したのが始まりとされる。そしてその後に、全国の神社でその年の豊凶を占う神事=宗教行事として広まっていったのだ。

相撲が本来的に宗教行事であるならば…本サイト読者なら分かるだろう。

そう、天皇にとって大相撲観戦/天覧相撲は宗教行事=宮中祭祀と同じなのである。

そして、宮中祭祀は政教分離原則から私的行為として内廷費から費用が支出されているのは、ご承知の通りだ。

昭和天皇が復活させた「相撲節会」

以上。 天皇御一家の清々しいお顔を拝察出来た昨日の天覧相撲だったが、これは「平安時代以来途絶えていた『相撲節会』を昭和天皇が復活させたといっても良い宮中祭祀の一つだ」と見ることもできる。

昭和天皇が復活させた「相撲節会」を幼少期から愛していたのが皇女・敬宮さまであるとは、何とも奇遇なめぐりあわせと言えるのではなかろうか。

皇室のご活動は角度を少し変えてみると、面白い見方ができるものが沢山ある。その都度、紹介していきたい。


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